| 仙姑洞は曲尺状の洞窟である。その中に煉瓦、木、石で造られた三階建ての建物があり、主に道教の行事などに使われる。二階には三本の石碑があり、すべて清の時代のものである。両側の石碑は風景のもので、中央の石碑には清光緒二十二年の皇帝の令状が彫られてあり、標題が「欽旌貞烈 李姑碑記」で、それで李玉蓮という女の子に貞女という別称を恩賞した。年月が立ったため、文字がもうはっきりしていない。三階は煙が立ちのぼり、中央に三代の清の祖師を供えられている。右側には仙姑の塑像がある。
仙人洞は清宣統元年に切り開かれ、咸豊年に正式的に開発された。
伝説によると、清咸豊辛酉年(1861年)、台州臨海の李公 の娘、李玉蓮という女の子が仙人洞に避難して、清同治甲子年(1864年)、強盗達に侮辱されないように崖を飛び降りて死んだ。死んだ時は、きちんと座っていて、平気な顔をしていた。それを知った光緒皇帝は令状を下して「貞女」を恩賞した。それから人々は彼女のことを「仙姑」と敬意を込めて呼んだ。そしてこの洞窟に「仙姑洞」の別称をつけて、死んだところに「仙姑墓」を建てた。
仙姑洞の中では、多種多様な崖が幻の境地を作り出し、外では険しい山や崖が重なり合っている。少し離れたところに「仙姑墓」がある。 |