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羊角洞景勝区

羊角洞景勝区は雁蕩山の支脈である。雁蕩山の範囲に入った前に、自分の名前――「方山」で昔から人々に知られて、そして自分の開山の祖師がある。その祖師が羽士なので、同景勝区は一連の洞窟文化とほかの建物に道教と呪いの雰囲気が漂って、雁蕩山の八大景勝区の中で最も中国民間の宗教文化の色彩のあるところである。同景勝区は羊角洞と双龍谷からなり、合計3平方キロ以下で、面積の一番小さい景勝区であるが、峰、、洞窟、滝、淵、湖が揃っていて、そして最も海に近いので、風や雨、潮、蜃気楼などがいつでも感じられる。まるである当代の作家が書いたように、「小さいながらいい、いいながら小さい」。そうはいっても、雁蕩山がいるから、羊角洞は席を譲って、雁蕩山の巧緻な影になるほかにしかたがない。

羊角洞景勝区== 羊角

羊角洞は道家が修養をつむところである。別称「一洞」。羊角洞の名前について三つの言い方がある。その一、洞窟の口が羊の角に似ているから。その二、洞窟内の右側に羊の角のような井戸があるから。その三、洞窟外の右前に羊の角のような岩があるから。いずれもよく似合っている。標高450メートルの方岩にあり、高さ9メートル、幅18メートル、深さ13メートル。中に「玉蟾宮」という殿宇があり、洞窟の口にがまに似た巨石があることから名づけられた。同殿宇は木造の四重軒の構造である。左側に方丈楼と蔵経楼がある。洞窟内の壁には高さ2メートル、幅6メートル、奥行き1メートルの石窟が掘られていて、左から右まで老子、原始大尊、霊宝天尊、楊老令公、楊老令婆、楊七郎と開山祖師の陳体陽、合わせて七体の彫像がある。彫像がみんな座ったままで、本当の人間よりやや大きく、威厳があり、顔たちがそれぞれ違って、独創力が感じられる。右側には、清宣統二年に作られた鉄の鐘がある。羊角洞の左右に六つの洞窟があり、それぞれ宋代の楊家の七人の将軍を供して、「二洞」から「七洞」までという。各洞窟は線香やろうそくが真っ盛りで、参詣客と観光客が絶え間なく来ている。


昔から羊角洞は道家が修養をつむところである。伝説によると、漢代の紫陽真人周義山と宋項が相次ぎこの洞窟で道を得て天に登ったそうである。清代になってから、この洞窟は規模的な建設期を迎えた。「羊角洞碑記」には陳体陽が開山の祖師だと記載している。陳体陽は、字静遠、号少谷、温嶺の出身である。彼は、清咸豊年に、龍門本流第十八代の葉永申大師の門に入り、草を刈り家を建て、道場を開きなおし、十年間面壁し、修業が精進した。清同統年に、三清殿、呂祖殿、三官殿、紫庭楼や厨房など、80軒余りの建物が造られた。紫庭楼は龍の頭、鳩の尾、青い檻と赤い柱があり、中央に紫庭真人の塑像がある。光緒時代の中ごろになって、それは更に発展し、「玉蟾宮」を建て始められた。民国の初期、紫陽楼や霞高楼などができた。「文化革命」の期間に、これらの建物がほとんど破壊された。近年来、党の宗教政策が実行され、正殿と方丈楼、蔵経楼が再建され、更に一階の配殿が三軒新築された。洞窟の中には「玉蟾宮」が建てられ、洞窟の口の右側にがまに似た巨石があることから名づけられた。80年代末、三軒の正殿を新築し、中に「三清」、楊老令公と楊大郎を供えられている。1991年の冬に、正殿の塑像は石の彫像に変えられた。正殿中央の壁には、幅約6メートル、高さ約2メートル、奥行き約1メートルの石窟が掘られてある。同石窟には、左から右まで老子、原始大尊、霊宝天尊、楊老令公、楊老令婆、楊七郎と開山祖師の陳体陽、合わせて七体の彫像がある

場所:浙江省楽清市雁蕩山雁山路88号 郵便番号:325614
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