| 西石梁大瀑は高い崖に隠れた懸瀑で、高さ160メートル、大龍湫に次ぐ第二の滝。
西石梁大瀑は東西方向の谷の西側にある。渓流が流れている谷は北西方向で伸びて、ある流紋岩の上部の流紋岩の上部の流紋岩層まで侵食し、西石梁大瀑を成す。宋代の王拾朋は「西大瀑」でこう描いている。「霊源東に接し雁池遥かなり、崖を石崩れ九宵に降りる。雲青天を断つ倚天劍如く、泉室月明るく糸帯垂れる。江声雨勢を三秋思う、雪と氷の花五月咲く、休勒文を移し北山へ行き、他年石梁の招きに赴く」と。明の観光者徐霞客は観光記の中で、「その高さが龍湫に次ぎ、壮麗な姿で、故に岩山の二流のものではない」と述べている。現代の張叔梅はそれを大龍湫と比べ、「壮麗さには各自の特徴がある」と言っている。西石梁大瀑の近くには元国民政府行政院長と立法院長の孫科が書いた「幽泉」があり、そして蒋叔南が題した詩が彫刻された石がある。西石梁大瀑の前にある岩に書いてある「西石梁大瀑」という五文字は、大きさが1メートル以上で,太くて迫力があり、勢いが一瀉千里である。 |